幸福配達サービス

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M.Thompson

私は幸福宅配サービスの配達員として働いている。 世の中が効率化を求めるあまり、人々は幸福までも外注化するようになった。結婚式の感動、子供の成長の喜び、仕事での達成感。すべてがパッケージ化され、宅配で届けられる時代になったのだ。 今日も私の配達リストには、様々な幸福が並んでいる。 午前中の配達は、昇進祝いパッケージ。受け取った中年のサラリーマンは、開封するなり涙を流して喜んでいた。箱の中身は架空の昇進辞令と、部下たちからの祝福メッセージ。彼は明日から、いつも通り同じ席で働く。ただし、幸せな気持ちで。 午後一番は、思い出パッケージ。認知症の老婦人が毎週注文している。箱の中には、彼女の若かった頃の写真や手紙が入っている。すべて当社の制作部が作った偽物だが、彼女は毎回初めて見るような目で喜んでくれる。 夕方は、恋愛パッケージ。行きつけのカフェで運命的な出会いを演出する予定だ。相手役のプロフェッショナルが、お客様の理想通りの告白をする。お客様はそれを一生の思い出として大切にできる。 「あの、すみません」 リストを確認していると、小柄な少年が話しかけてきた。 「幸福って、いくらですか?」 私は価格表を見せた。基本料金は手頃だが、オプションを付けると結構な額になる。少年は財布の中の小銭を数え始めた。 「これでは、一番小さな幸せしか買えないや」 「どんな幸せが欲しいの?」 「パパとママが、また一緒に住むような幸せ」 私は少年を見つめた。離婚家庭向けの復縁パッケージなら用意はある。しかし、少年の持つ小銭では足りない。 ふと、私は自分のマニュアル違反に気付いた。配達員は、決して勝手な判断を下してはいけない。幸福は、正しい手順で、正しい金額で取引されなければならない。 しかし。 「ちょっと待っててね」 私は倉庫に戻り、特別な箱を用意した。中身は空っぽだ。 「はい、特別サービス。この箱を開けるときは、必ずパパとママと一緒にいてね」 少年は目を輝かせて箱を受け取った。 後日、私は懲戒解雇された。空箱を配達するなど言語道断、との理由だった。 今、私は一般企業で働いている。たまに道で出会う少年は、両親と仲良く歩いている。箱の中が空っぽだと気付いたとき、両親は何も言えず、ただ抱き合って泣いたそうだ。 私の机の引き出しには、今でも空っぽの箱が置いてある。時々それを開けては、本物の幸せについて考えている。