午後三時の待合室

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竹中真司

地方都市の小さな駅の待合室で、私は一本の傘を見つけた。 高級な作りの黒い傘。取っ手は象牙のような白い素材で、繊細な模様が刻まれている。私は駅員に届けようと手に取った時、傘の内側に記された小さな名前に目が留まった。 「奥田雪子」 その名前を見た瞬間、私は息を呑んだ。三ヶ月前、この駅で失踪した女性の名前だったからだ。 私は新聞記者として、その失踪事件を追っていた。奥田雪子、54歳。地元の図書館で働く司書だった彼女は、ある雨の日の午後三時、この駅で最後に目撃されたきり、姿を消した。 「この傘、昨日の午後三時頃に置かれていたんです」 駅員の青年が言った。私は時計を見た。午後三時。待合室の窓を叩く雨音が、不吉なリズムを刻んでいた。 警察に通報すべきか迷ったが、記者としての直感が私を突き動かした。この傘には、何かメッセージが隠されているはずだ。 傘を詳しく調べると、取っ手の模様は単なる装飾ではないことに気付いた。小さな矢印と数字の組み合わせ。まるで暗号のようだ。 図書館に向かった私は、奥田さんの同僚から話を聞いた。 「雪子さんね、失踪する前日、『時刻表の謎』って本を探してたのよ」 私は図書館の蔵書を調べた。『時刻表の謎』、1960年代の推理小説だ。本棚から取り出すと、奥田さんが最後に手に取ったページにカードが挟まれていた。 そこには、駅の時刻表が書き写してあった。特定の列車の発車時刻に印が付けられ、傘の取っ手の数字と同じパターンで並んでいる。 「待ってください」 私は駅に戻り、古い時刻表と照らし合わせた。すると、ある事実が浮かび上がってきた。三ヶ月前のあの日、この駅で起きていたもう一つの出来事。 午後三時発の普通列車が、突然の運転見合わせになっていた。理由は線路内立ち入り。でも、その時の詳しい記録は残っていない。 今日も午後三時、同じホームで雨が降っている。私は傘を広げ、線路を見下ろした。濡れた砂利の間から、何かが光っていた。 警察の捜査の結果、線路脇から見つかったのは、小さなUSBメモリだった。奥田さんはそこに、ある企業の不正を示す証拠を残していた。彼女は司書として、その企業の関係者が図書館で不自然な資料請求をしていることに気付いていたのだ。 真相を追いつめられた犯人は、すべてを認めた。奥田さんは、証拠を隠しに来たところを犯人に見つかり、事故を装って命を奪われていた。 雨の午後三時。傘に込められた彼女の最後のメッセージは、ついに解読された。 待合室の窓に雨が打ちつける音が、まるで遠い場所にいる彼女の語りかけのように聞こえた。