消えた指紋

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竹中真司

東京都内の高級マンション最上階。窓から夜景が一望できる3201号室で、凄惨な殺人事件が発生した。 被害者は、IT企業の社長、村田英三。胸を一突きにされ、その場で絶命していた。現場に残された凶器は、装飾的な短剣。しかし不思議なことに、凶器からは一切の指紋が検出されなかった。 捜査一課の瀬戸刑事が担当することになった。マンションの防犯カメラには、事件推定時刻である午後8時から9時の間に、3名の訪問者が記録されていた。 最初の訪問者は、村田の元妻である吉田明美。離婚時の慰謝料について話し合うために訪れたと証言。次に来たのは、村田の会社の専務、高橋直人。新規プロジェクトの企画書を持参したという。最後の訪問者は、清掃会社の従業員、山本健一。定期清掃の予定日だった。 3人とも、村田との面会時間はそれぞれ15分程度。防犯カメラの映像では、全員が手ぶらで来て、手ぶらで帰っている。凶器の短剣は、村田の趣味の品として部屋に飾られていたものだった。 「完全犯罪を狙ったつもりか」瀬戸は現場を見回しながら呟いた。確かに手が込んでいる。だが、どんな犯罪にも必ず証拠は残る。 調べを進めると、各容疑者の証言に矛盾点が見つかり始めた。元妻の明美は、慰謝料の話し合いは先月すでに完了していた。専務の高橋は、企画書のデータが一切残っていない。清掃員の山本は、その日の予定表に3201号室の記載がなかった。 さらに不可解なのは、現場に残された短剣。美術品として飾られていたはずなのに、誰も具体的な購入時期や金額を覚えていない。そして、その短剣にだけ、一切の指紋が検出されなかった。 「待てよ」瀬戸は閃いた。防犯カメラに映っていた3人の来訪者。全員が手ぶらで来て、手ぶらで帰った。しかし、清掃員の山本が持っていたはずの清掃道具が映っていない。 取り調べで追及された山本は、ついに口を割った。清掃会社は表向きの仕事。実は美術品の模倣制作を専門としていた。村田から短剣のレプリカ制作を依頼され、本物とすり替えた際に、偶然を装って殺害したのだという。 犯人は完璧な計画を立てたつもりだった。しかし、防犯カメラに映っていない清掃道具という、小さな矛盾が事件の解決の糸口となった。瀬戸は、アリバイ工作の陰に潜む真実を、見事に暴き出したのだった。