午前3時のニューヨーク。マンハッタンの路地裏で、一枚の古いジャズレコードが見つかった。 「興味深いですね、Thompson先生」と刑事のロドリゲスが言う。「1958年製のブルーノートレコード。ケースには血痕が。でも、中身は空っぽでした」 私は路地の壁に残された落書きを見つめていた。誰かが慌てて書いたような数字の羅列。297-164-835。暗号か、それとも電話番号か。 「先週失踪した音楽評論家のアレックス・グリーンの最後の目撃場所です」とロドリゲスは続けた。「彼が最後に書いていた記事のテーマが、まさにこの時代のジャズでした」 その夜、私はホームオフィスで古い新聞記事をチェックしていた。コーヒーを啜りながら、アレックスの過去の記事を読み漁る。彼は単なる音楽評論家ではなかった。彼は何かを追いかけていた。 「見つけましたよ」と、助手のサラが画面を指差す。「1958年8月15日、ブルーノート・レコーディングスで起きた火災の記事です。その日録音されていた音源が、永遠に失われたとされています」 私は椅子から立ち上がった。火災。失われた音源。そして今、血の付いた空のレコードケース。 「あの数字」と私は呟いた。「あれは日付だ」 297-164-835。 2(月)9(日)7(年)-16(時)4(分)8(年)35(分)。 2月9日1957年 16時4分から8年35分後。 「火災が起きた正確な時刻を調べてください」 サラがキーボードを叩く。「1958年8月15日、午前0時39分」 計算が合う。アレックスは何かを発見した。1957年に録音された、そして火災で失われたとされる音源の秘密を。 次の日、私たちはブルーノート・レコーディングスの古い建物を訪れた。今は改装されてジャズバーになっている。 「面白いですね」とバーテンダーの老人が言う。「あなたは二人目です。先週も、同じような質問をした男性が」 アレックスだ。 「彼は地下室に興味を持っていました」老人は続けた。「昔のレコーディングスタジオがあった場所です」 私たちは地下室に降りた。埃っぽい空気の中、古い機材が影のように佇んでいる。そして、隅の棚の後ろに、隠された扉を見つけた。 中には小さな部屋があった。そこで私たちは、アレックスのノートを見つけた。そして、彼が探していた真実が明らかになった。 1957年2月9日の録音セッション。伝説のトランペッター、マイルズ・デイビスとビル・エヴァンスの未発表セッション。しかし、その日録音されたのは音楽だけではなかった。 テープには、スタジオの外で起きた殺人の音が記録されていた。偶然の産物。そして翌年の火災は、その証拠を消すために仕組まれたものだった。 アレックスはその真実に迫っていた。そして、60年以上も隠されていた秘密を明らかにしようとしていた。 三日後、アレックスの遺体が地下室の壁の中から発見された。彼の手には、1957年2月9日の録音テープが握られていた。 犯人は、当時のスタジオマネージャーの息子だった。父親の犯罪を守るため、彼はアレックスを殺害した。真実は、古いジャズの音のように、闇の中で長く眠っていたのだ。 今夜も、私はピアノの前に座っている。1957年2月9日の曲を弾きながら、アレックスのことを考える。彼は最後まで、音楽の中に隠された真実を追い求めた。 ジャズは即興の芸術だ。でも時には、計画された完璧な犯罪のような精密さを持つこともある。