午前2時15分、クラブ「Blue Note」のステージで死体が発見された。 死んでいたのは売り出し中のスタンドアップコメディアン、デイビッド・モリソン。客席からの爆笑が鳴り止んでから10分後、彼は完璧なタイミングで床に崩れ落ちた。まるで最後のジョークのオチのように。 私は一階の個室でピアノを弾いていた。死体発見の報せを受けたとき、ショパンの夜想曲を演奏していたところだった。 「Thompson氏、あなたは死亡推定時刻の午前2時ちょうど、この建物の中にいたということでよろしいですね?」 刑事の質問に、私は静かに頷いた。事実、私は毎週木曜の深夜、このクラブで即興演奏をしている。それは私の小説の執筆習慣と同じで、夜の闇が濃くなってから始まるセッションだ。 「ショーは見ていませんでしたか?」 「いいえ。私は自分のコメディルーティンに集中していました」と答えながら、私はステージに目を向けた。そこには、まだデイビッドの体が横たわっている。彼の手には無線マイクが握られたままだった。 「奇妙なのは、彼の最後のジョークです」と警部が言った。「誰も笑えないジョークだと」 そう、デイビッドの最後の言葉は、ジョークではなかった。それは告白だった。 私は一週間前の深夜を思い出していた。このクラブの裏口で、デイビッドが誰かと口論しているのを目撃した。その相手は、クラブのオーナー、ジェームズ・カーターだった。 「お前の過去のことは、もう誰も笑えない」 ジェームズの言葉が、闇の中で冷たく響いていた。 調べてみると、デイビッドには隠された過去があった。5年前、彼は別の芸名で活動していた。そして、あるコメディアンの自殺に関与していたという噂があった。 「実は、防犯カメラに興味深い映像が残っています」刑事が私に見せたのは、ショーの30分前、デイビッドがバックステージで何かを飲んでいる場面だった。 「あれは彼のルーティンです」と私は説明した。「毎回のショー前に、特製のハーブティーを飲んでいました。声を整えるためだと」 しかし、その夜は違った。彼のカップには、誰かが何かを混ぜていた。それも、彼が気づかないように。 私はピアノの前に座り、その時聞こえていた音を思い出す。笑い声。拍手。そして、微かな苦しみの声。全てが完璧な音楽のように組み合わさっていた。 「Thompson氏、あなたはピアニストであり、作家でもありますよね」刑事が急に話題を変えた。「人の観察が得意なのでは?」 私は黙ってコーヒーを飲んだ。ブラックコーヒーは私の創作の友だ。そして、この事件の真相も、深い闇の中に隠されていた。 「実は、防犯カメラにはもう一つ映像が」刑事は続けた。「ジェームズ・カーターが、ショーの直前にバックステージに入る場面です」 その時、私は全てを理解した。ジェームズは、デイビッドの過去を知っていた。そして、それを利用して彼を脅していた。しかし、デイビッドは最後のショーで全てを話すつもりだった。 ジェームズはそれを阻止するために、デイビッドの習慣を利用した。ハーブティーに毒を混ぜ、効果が現れる時間を計算して。まるでコメディのタイミングのように完璧に。 「面白いですね」と私は言った。「コメディアンは、タイミングが命だと言います。この殺人も、まさに完璧なタイミングでした」 刑事の目が光った。私の言葉は、この事件の決定的な証拠を示唆していた。 デイビッドの最後の言葉は、彼の人生最後のジョークではなかった。それは、真実を告げる最後のチャンスだった。そして彼は、それを完璧なタイミングで行った。 深夜のジャズクラブで起きた殺人。それは、悲しいコメディのような事件だった。笑いと涙が、生と死が、真実と嘘が、全て混ざり合って完璧な一曲となった夜。 その後、ジェームズ・カーターは逮捕された。証拠は、デイビッドが最後に残したマイクの中に隠されていた録音だった。 私は今夜も、このピアノの前に座っている。指の下で、新しい物語が生まれようとしている。それは、笑いと悲しみが混ざり合った、深夜のブルースのような物語。