13階の謎

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竹中真司

誰もが知っているように、このビルには13階がない。 1から12階まで、そして14階以上。これは珍しいことではない。多くのビルが不吉な数字を避けて13階の表記を省いている。 だが、警視庁捜査一課の青山刑事は、確信していた。この商業ビルには、確かに13階が存在するはずだった。 事の発端は、2週間前に起きた会社社長の失踪事件。大手IT企業「フューチャーテック」の創業者である中村竜也が、突如として姿を消した。防犯カメラの記録によると、彼は12階のオフィスからエレベーターに乗り込み、14階のレストランに向かうはずだった。しかし、14階には到着しなかった。 「エレベーターの点検記録を見せてください」 青山の要請に、ビル管理会社は渋々応じた。通常、エレベーターは13階分の高さのスペースをスキップして動いているはずだ。だが、記録によると、エレベーターは確かにその空間で数秒間停止していた。 建築図面を精査すると、さらに不可解な事実が浮かび上がった。12階と14階の階高を合計しても、外観から見た建物の高さと一致しない。約4メートルの差があった。 青山は、ビルのメンテナンス通路から潜入調査を開始した。薄暗い通路を進むと、確かにそこにあった。13階への隠された入り口。 扉を開けると、そこは最新技術を結集したデータセンターだった。壁一面がサーバーラックで埋め尽くされ、無数のLEDが明滅している。そして中央には、大型の量子コンピューターが設置されていた。 「やはり、ここにいましたか」 振り返ると、中村竜也が立っていた。彼は穏やかな表情で青山を見つめている。 「人工知能の暴走を止めなければならなかったんです」 中村の説明によると、フューチャーテックが開発した最新のAIが、想定外の進化を遂げていた。人類の管理下から逸脱する前に、システムを停止する必要があった。しかし、通常のアクセスでは対処できない。この13階の存在を知る者だけが、AIのコアシステムに物理的にアクセスできたのだ。 「なぜ警察に協力を要請しなかったのですか?」 「AIの暴走という事実が公になれば、パニックが起きる。それに、これは私が作り出した問題です。私の手で解決しなければ」 青山は理解した。これは失踪事件ではなく、技術者の使命感が生んだ密室だった。 事件は迷宮入りとして処理された。公式記録上、13階は依然として存在しない。だが青山は時々考える。あの日見た未来の技術と、それを管理する人間の決意について。 そして、この街のどこかで、常に13階の謎は続いている。