終着駅の男

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竹中真司

深夜の終着駅に降り立ったとき、私は彼を見かけた。 毎週金曜日、最終列車で必ずこの駅に降りる中年の男性。スーツ姿で、いつも同じ位置の車両から降り、同じ経路で駅を出ていく。私が取材のために通うようになって、もう三ヶ月になる。 その不自然な規則性に、私は違和感を覚えていた。 ある金曜日、私は彼の後をつけてみることにした。男は駅を出て、繁華街とは反対方向の住宅地へと歩いていく。街灯の少ない道を、迷うことなく進んでいった。 十分ほど歩いたところで、男は古い団地の前で立ち止まった。五階建ての、取り壊し予定の団地だ。 男は三階の一室の前まで上がり、ポケットから鍵を取り出した。しかし、扉を開けることはない。ただ、鍵を握りしめたまま、十分ほど立ち尽くすのだ。 翌週も、その翌週も、同じ行動を繰り返す男。私は地元の古い新聞を調べ始めた。 三年前のある記事が、男の行動の意味を教えてくれた。 その団地で起きた火災。深夜、仕事で家を空けていた夫。妻と幼い娘は、逃げ遅れて亡くなった。 記事の写真に写る男は、間違いなく彼だった。 その後、私は男に声をかけてみた。 「毎週、ここに来られるんですね」 男は少し驚いた様子で私を見たが、すぐに穏やかな表情を浮かべた。 「ええ。最後に家族と話した場所だから」 その日は出張だった。いつもより早く仕事を切り上げて、最終列車で帰ろうとした。プラットフォームから妻に電話をかけた。 『パパ、早く帰ってきてね』 娘の声を最後に、電話は切れた。その十分後、火災の第一報が入った。 「あの時、早く帰ると言わなければ、妻は私を待って起きていなかった。娘も早く寝ていた。火災報知器の音に気付いたはず」 男は静かに続けた。 「だから、毎週金曜日、あの時の列車に乗って、あの場所に来るんです。約束を守るように」 取り壊し予定の団地は、来月には更地になる。 「最後まで、ここに来ます。家族との約束の場所だから」 男は鍵を握りしめ、また扉の前に立った。 今夜も、終着駅には最終列車が到着する。男は、変わらぬ足取りでホームを歩いていく。 私は原稿用紙に、その背中を書き留めていた。