善良な市民

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M.Thompson

「善良な市民」は、とても人気のある職業だ。 私もその一人として、毎日仕事に励んでいる。朝8時、出勤前に「朝食がおいしい!」と投稿。12時、「今日も一生懸命働きます!」とコメント。17時、「電車でお年寄りに席を譲りました」と報告。21時、「明日も頑張ろう!」と締めくくり。 完璧な善良指数を維持するため、SNSへの投稿は欠かさない。政府公認の「善良ポイント」は、給与の査定にも影響する。 「善良な市民」というのは、もちろん正式な職名ではない。しかし、誰もがこの仕事に従事している。善良度が低いと、住宅ローンも組めないし、子供の入学も難しくなる。 ある日、私は電車で本当にお年寄りを見かけた。席を譲ろうとしたその時、隣の若者が素早く立ち上がった。彼は老人に席を譲り、即座にスマートフォンを取り出して投稿を始めた。私は焦った。今日の善良ポイントが不足している。 次の駅で、また老人が乗ってきた。今度こそはと思ったが、向かいの女性が先に席を譲った。彼女も早速投稿を始める。駅を3つ過ぎる頃には、車内の乗客の半数が立ち上がり、残りの半数が「席を譲りたかったのに...」と投稿していた。 家に帰ると、妻が献立表を見せてきた。 「あなた、今月の善良ポイントが低いわ。明日は路上清掃のボランティアに参加しましょう」 妻の善良指数は常に市内トップ10に入っている。彼女は週3回のボランティア活動を欠かさない。活動の写真は即座にSNSにアップされ、「いいね」が殺到する。 私は路上清掃に参加した。するとそこで、面白いものを見つけた。道端に捨てられたゴミ箱。中には、綺麗に洗われた空き缶や、折り目正しく畳まれた古新聞が入っている。どうやら、清掃のネタ切れに困った「善良な市民」たちが、自分で撒いて自分で拾っているようだ。 「あ、これはダメですよ」 誰かが声をかけてきた。見れば、善良指数評価委員会の職員だ。 「善良ポイントを稼ぐために、意図的にゴミを撒くのは違反です。こういうのは、自然に落ちているゴミを...」 その時、彼のポケットから何かが落ちた。きれいに洗われた空き缶だった。 私たちは目が合い、そして黙って微笑んだ。翌日のSNSには、「今日も街の美化に貢献!」という投稿が、いつも以上に溢れていた。 善良な市民として生きるというのは、なかなか骨の折れる仕事である。